今週、いつもよりも遅く帰宅すると、祖母が危篤であるというメモが食卓に残されていた。病院に駆けつけたその後、数時間後には祖母は他界した。
まだ頬が温かいうちに瞼を下ろしてあげた。とても安らかないい顔になっている。
人の臨終後の葬儀までの流れが全く分からないので、葬儀会社の人の指示をうけるままに祖母の宗派、部屋の間取りの北と西を知らせて、白木の小机と花を置いたり、急いでご飯を炊いてお茶碗に高く盛り付け箸を挿したり。まだ涙目の素人の私たちに段取りをいろいろと教えてくれる。
昨日の仮通夜の準備では、逆さ水の作法を教わり、体を清めてもらい、親戚が交代で顔や足を拭い、「あとはこちらで致します」 と葬儀会社の人に部屋の障子を閉められてしまった。
再び障子が開いた時には、祖母はすでに白装束をまとい薄化粧。最近は鼻には綿を詰めないとのこと。忌中札も玄関に貼ってはいけないそうだ。専門に狙う泥棒がいるらしいのだ。
(三途の川で支払う10円玉の数はあれだけで充分だったかな・・・)
その後も彼らは定期的にドライアイスを取替えたり、通夜の祭壇に飾るお花、お弁当や香典返し、泊りの人数などを確認しにやってくる。
父は町内会の葬儀委員長やお寺との打ち合わせで大忙し、母は集まった人々への食事などの世話や形見分けでテンテコマイ。仮通夜を終わらせて、今日は遠方からくる親戚を空港まで迎えに行って、出棺して通夜そして告別式を迎える。「私はこれを見るために日本に帰ってくる運命だったのかも・・・」 と思えるほどのわが家のこの慌しさ。
誰もが皆、今は祖母に立派なお葬式を捧げようとそれに集中している。
明日、荼毘にふされ全てが終わった後ではじめて、父はやっとゆっくりと祖母の死を悼むことができるのだろう。
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南国移住徒然日記 








どうかおばあさまが安らかに天国で休まれますように。
ココさんも忙しくて大変だったかと思います。体を休めてくださいね。
心よりご冥福をお祈りいたします。
無事に祖母は荼毘にふされました。
このお葬式を手伝えて本当によかったです。。。
私の祖父は私の留学中に他界し、お葬式に出席することはできませんでした。一周忌には帰国することができましたが、何だか実感がわいてきませんでした。
ココさんが出国する前に一緒に最後の時間を過ごすことができておばあ様も嬉しかったのではないでしょうか? ご冥福を心よりお祈りしています。
そうでしたか、留学中には他にもいろいろと帰国したいような日本での慶弔事もあったのではないでしょうか。。。
アメリカ本土に比べてグアムはそう遠くないとは言え、もしもむこうに居たら私は今頃は永住権申請中のはず、あわてて出国許可を取ろうとしても四十九日さえも間に合わなかったのではないかと思うのです。今日本にいることに感謝、感謝です。
そう思うと、今までの移民局とのやりとりのイライラの気持ちも収まっていくから不思議ですね(笑;)